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広島地方裁判所 昭和42年(行ウ)30号 判決 1978年5月25日

原告 株式会社寿屋

被告 広島東税務署長

訴訟代理人 中路義彦 菅近保徳 ほか四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和四〇年六月三〇日付でなした原告の昭和三八年四月六日から同年一二月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という。)の法人税の所得金額を金一七、四三一、六〇五円とする更正処分(但し、広島国税局長の裁決による変更後のもので変更前の金額は二〇、九五一、六〇五円)のうち、金二、九一一、〇七八円を超える部分を取消す。

2  被告が原告に対し昭和四〇年六月三〇日付でなした原告の清算所得金額(残余財産の一部分配)を金一四、〇〇〇、五八七円と決定した処分(但し、広島国税局長の裁決による変更後のもので変更前の金額は一八、〇〇〇、五八七円)を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和三八年四月五日解散し、爾後清算手続に入つた株式会社であるが、被告に対し本件事業年度の法人税の所得金額を金二、九一一、〇七八円として確定申告をしたところ、被告は昭和四〇年六月三〇日付で右金額を金二〇、九五一、六〇五円とする更正処分(以下本件更正処分という。)をなし、更に右同日、原告の清算所得金額(残余財産の一部分配)を金一八、〇〇〇、五八七円とする決定処分(以下本件決定処分という)をなし、いずれもその旨原告に通知した。

2  原告は、本件更正処分及び本件決定処分につき、同年七月二四日付で被告に異議申立をしたが、被告は同年一〇月二一日付で異議申立を却下する決定をなした。そこで更に原告は同年一一月一九日付で広島国税局長に対し審査請求をしたところ、同国税局長は昭和四二年六月二二日付で、本件更正処分については原告の請求を棄却(但し所得金額を金一七、四一三、六〇五円に変更)する審査裁決をなしまた本件決定処分についてはその一部を、取消して清算所得金額を金一四、〇〇〇、五八七円に変更する審査裁決をなし、それぞれその裁決書謄本は同年七月二日原告に送達された。

3  しかしながら、右各審査裁決によつて変更された後の本件更正処分のうち確定申告額を超える部分(所得金額)及び本件決定処分(清算所得金額)はいずれも違法であるから取消さるべきである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1項ないし第2項の事実は認める。

2  同第3項は争う。

三  被告の主張

1  被告は、原告の確定申告に係る所得金額金二、九一一、〇七八円について、借地権価額の収益計上もれ分金一六、二〇〇、五八七円を加算し、未払事業税金一、六八〇、〇六〇円を減算して所得金額一七、四三一、六〇五円とする本件更正処分(但し裁決により変更後のもの)をなしたものである。

2  被告が、右加算すべき借地権価額の収益計上もれ分金一六、二〇〇、五八七円を認定した理由は以下のとおりである。

(一) 原告は、昭和二八年ころ、その取締役であつた訴外柴田良三、同高橋春男両名との間で、同訴外人ら共有にかかる別紙目録記載(一)の土地(以下本件土地という。)につき建物所有を目的とした賃貸借契約を締結し、爾来本件土地上に同目録記載(二)の建物(以下本件建物という。)を建築し所有していたものであるが、昭和三八年四月五日法人を解散し清算手続に入つたのち、同月二四日右柴田及び高橋に対し、本件建物を什器備品を含め代金一六、〇〇〇、〇〇〇円で譲渡し、同時に本件土地を右両名に返還した。

(二) ところで、右当時本件土地附近では借地権者が借地上の建物を譲渡する場合には、借地権をも併せて譲渡し、譲渡価額は建物の価額と借地権の価額とを合算して決められるのが一般的であり、借地権が経済的価値を有していて、その移転に伴い対価を収受する慣行が存在していた。

(三) 本件において、原告は本件土地につき有していた借地権(以下本件借地権という。)を本件建物と共に前記柴田及び高橋に譲渡したものとみられ、当時本件建物は経済的に殆んど無価値であつたから、原告が収受した前記建物代金一六、〇〇〇、〇〇〇円は全て本件借地権の対価であるといえる。

(四) そして、借地権価額は、当該借地の更地としての価額に借地権割合を乗じて算出するのが通例であり、これによつて本件借地権の価額を算定すると次のとおりである。

(1) 本件土地の更地価額

昭和三八年度分相続税評価基準による路線価をもとに算定すると、当時の本件土地(六八・四一坪)の更地としての時価は、一坪当り金九〇〇、〇〇〇円で合計金六一、五六九、〇〇〇円である(一坪当り時価900,000円=路線価630,000円+時価換算率0.7)。

(2) 借地権割合

本件借地権の価額の更地価額に対する割合は、五二、三パーセントを上廻つていた。

(3) よつて、本件借地権の価額は金三二、二〇〇、五八七円となる(61,569,000円×(52.3/100)= 32,200,587円)

(五) しかして、

(1) 昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法(以下旧法人税法という。)九条一項は、法人の各事業年度の所得はその年度の総益金から総損金を控除した金額と規定しており、右総益金とは資本の払込以外で資産増加の原因となる一切の事実に基づく経済的利益を意味し、単に売買その他の営業活動によつて発生したものだけでなく、所有資産の値上がり等によつて生じた経済的利益のうち実現したものもこれに含まれる。そして、未だ企業の帳簿に計上されていない資産は、その潜在的な経済的利益が社外流出等により客観的かつ確定的に顕在化し益金として実現するものということができ、このことは社外流出に対し反対給付を伴なうと否とにかかわらないのである。

本件において原告は本件借地権を前記柴田及び高橋に譲渡したが、これにより未計上の本件借地権価額相当の経済的利益は右社外流出で実現し、原告の本件事業年度の益金となるものというべきである。

そして、本件借地権価額が金三二、二〇〇、五八七円であるから、同金額を益金として計上すべきところ、原告は金一六、〇〇〇、〇〇〇円を計上したのみであるから、被告はその差額金一六、二〇〇、五八七円を原告の確定申告額に加算すべきものと認定したのである。

(2) 仮に、右の主張が理由がないとしても、原告は旧法人税法三〇条一項にいう同族会社であるが、原告がその取締役であつた柴田及び高橋に対し本件借地権を低額で譲渡したのは、もつばら右両名の利益を図るためにほかならず、このような経済的に不合理な行為は同族会社であるからこそなしうるところであり、これをそのまま容認すると原告の法人税の負担を不当に減少させる結果となるので、旧法人税法三〇条一項により前記差額金一六、二〇〇、五八七円を原告の確定申告額に加算すべきことに変りはない。

3  以上の次第で、原告の確定申告に係る所得金額につき借地権譲渡の収益計上もれ分金一六、二〇〇、五八七円を加算すべく、また右金額が原告の所有となる関係で未払事業税金一、六八〇、〇六〇円を減算すべきこととなるので、これに沿つてなされた本件更正処分は何ら違法なものではない。

4  また、前記柴田及び高橋は原告の取締役であるが、原告が同人らに本件借地権を低額で譲渡したことは、本件借地権の価額と譲渡価額との差額金一六、二〇〇、五八七円相当の経済的利益を贈与したものというべく、原告が清算手続中の会社であることからして、右の如き経済的利益の贈与は残余財産の一部分配と理解しうる。そこで被告は右金額から原告の資本金二、二〇〇、〇〇〇円を控除した残金一四、〇〇〇、五八七円を旧法人税法二二条の三第一項の清算所得金額とみなして本件決定処分をなしたものであり、右処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の主張

1  被告の主張第1項の事実について、被告がその主張のとおり加算、減算をして本件更正処分をなしたことは認める。

2  同第2項の(一)について、原告が、本件土地を貸借していた事実は認めるが、その実質的内容は借地権というよりもむしろ使用貸借に近いものであつた。すなわち、原告は、当初営業不振のため昭和二八年から昭和三三年までは賃料を全く支払わずに本件土地を使用し、昭和三四年になつて始めて賃料として金一九六、〇〇〇円を支払い、昭和三五年金三三六、〇〇〇円、昭和三六年・金一、七一二、〇〇〇円、昭和三七年・金二、四〇〇、〇〇〇円、昭和三八年・金八〇〇、〇〇〇円を各支払つたが、これは、いずれも原告の営業成績の向上に伴う必然的な代償の支払いにすぎない。その余の事実は認める。

3  同第2項の(二)について、本件土地附近において当時借地権対価収受の慣行が確立していたことは否認する。

4  同第2項の(三)について、原告が本件借地権を譲渡したことは否認する。原告は解散に際し、自らの要請で本件借地権を合意解除し、本件土地を返還したのであるから、いわば借地権の放棄である。

5  同第2項の(四)について、仮に本件借地権が経済的価値を有するとしても、その価額が被告主張の如き高額なものであることは争う。

原告は、本件土地を賃借するに当り権利金等を一切支払つておらないうえ、賃料の支払状況も前記のとおりであり、また賃貸人である柴田及び高橋は原告の取締役でもあるから本件借地権を自由に支配しうる立場にあり、従つて本件借地権は借地法により強く保護されうるものではない。そしてこのように弱い内容の借地権について、被告主張の如き高額の借地権価額を認定するのは妥当でなく、本件借地権価額は金一六、〇〇〇、〇〇〇円を超えない。

6  同第2項の(五)の(1)、(2)の各主張はいずれも争う。

昭和四〇年法律第三四号による改正後の法人税法二二条二項により初めて、非正常な取引を正常な取引に引直して所得計算をなすべきことが定められたが、右規定が設けられる以前になされた本件借地権の取引について、右規定は適用されないから、結局本件更正処分は法的根拠を欠いている。

7  同第3項の主張は争う。

8  同第4項のうち原告の資本金が二、二〇〇、〇〇〇円であることは認めその余は争う。

第三証拠関係 <省略>

理由

一  請求の原因第1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二  本件更正処分の適法性

1  被告が原告の確定申告に係る所得金額金二、九一一、〇七八円について、借地権価額の収益計上もれ分金一六、二〇〇、五八七円を加算し、未払事業税金一、六八〇、〇六〇円を減算して所得金額金一七、四三一、六〇五円とする本件更正処分をなしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告主張の借地権価額収益計上もれ分の存否につき以下判断する。

(一)  被告主張第2項の(一)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

(1) 原告は呉服販売業を主たる営業目的として昭和二四年ころに設立された株式会社であるが、昭和二八年ころ原告の取締役であつた訴外柴田良三及び高橋春男から、両名共有に係る本件土地(持分各二分の一)を権利金敷金等を支払うことなく賃借したうえ、同地上に鉄筋コンクリートブロツク造四階建の本件建物を建築し(昭和二八年一二月保存登記)、その一階部分全部及び二階部分の一部を自己の呉服販売業のために店舗として使用する一方、その余の部分を他に賃貸していた。

(2) しかして、原告の呉服販売業の営業上本件建物は場所柄が適当でなく、そのため充分な業績を上げ得なかつた。そこで原告の取締役であつた柴田及び高橋は、昭和三六年ころ原告と同名の別会社「株式会社寿屋」を設立し、同会社において広島市本通りに新規に店舗を移して呉服販売業を営業する一方、原告の営業目的を不動産貸付業に切換えて本件建物を貸事務所に改造し他に賃貸していた。

(3) ところが、次第に本件土地の近隣に暖房設備や昇降設備を備えた近代的なビルが建築されるようになつたため、これらの設備を備えない本件建物は貸事務所としての条件も劣り、利用者の確保に支障を生ずるようになつた。折柄訴外株式会社東海銀行が支店を設置するための用地として本件土地をその隣接地とともに賃借したい旨希望していたため、柴田らは原告の営業に見切りをつけて本件土地を同銀行に賃貸することとした。なおまた、柴田らは、当時別会社の株式会社寿屋の営業資金を確保する必要もあつたことから、本件土地を同銀行に賃貸する見返りとして有利な条件で融資を受けられることにも着目していた。

(4) このようなことから、昭和三八年四月五日に原告の株主総会を開催して解散の決議を行なつたうえ、同月二四日原告から柴田及び高橋の両名に本件建物を代金一六、〇〇〇、〇〇〇円で譲渡し、かつ本件土地を返還した。そしてその後、柴田らは本件土地を東海銀行に賃貸し、同銀行から保証金として金四五、〇〇〇、〇〇〇円を、無利息で一五年間据置きののち五年年賦で償還するとの条件で融資を受け、またこれとは別に金三〇、〇〇〇、〇〇〇円の融資も受けた。

(5) ところで、原告が本件土地を賃借していた間、当初原告の営業が振わなかつたために、昭和三三年までの五年間は賃料を支払わなかつたがその後営業が多少上向きになるに伴い、賃料として昭和三四年に金一九六、〇〇〇円、昭和三五年に金三三六、〇〇〇円、昭和三六年に金一、七一二、〇〇〇円、昭和三七年に金二、四〇〇、〇〇〇円、昭和三八年(但し四月分まで)に金八〇〇、〇〇〇円を各支払つた。なおまた、昭和三六年五月一一日には賃料額(月額金二〇〇、〇〇〇円)を含め賃貸条件を明示した土地賃貸借契約書が取交わされた。

以上の事実が認められ右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、原告は昭和二八年ころから昭和三八年四月五日までの間本件土地を賃借していたものであり、その間当初の五年間を除いては賃料も支払い、また昭和三六年五月一一日には賃貸借契約書を取交わし賃料額を含めて賃貸条件を明定するに至つていたものであるから、原告が本件土地につき借地権を有していたことは明らかなものといえる。

そしてまた、一般に借地上の建物の譲渡に当つては、契約当事者間で明示された約定がなくとも、特に敷地に対する使用権を除外する意図の明らかな格段の事情でもない限り建物譲渡に伴いその敷地の借地権をも譲渡する合意があつたものと推定しうるものというべきところ、原告は前記柴田及び高橋の両名に本件建物を譲渡したもので、右格段の事情もうかがえないところであるから、右譲渡に伴い本件借地権をも譲渡したものと推知することができる。もつとも原告が本件建物を譲渡した相手方はその敷地の所有者であるから、このような場合私法上の形式としては賃貸借契約の合意解除もしくは借地権の放棄といつたことによる借地権の消滅といつたことも考えられようが、しかしながら、税法上の観点からすると、原告に存する借地権価額相当の経済的利益がそのまま社外の第三者に移動流出したという面では同一であるから、後述するとおり特に右の点を問題にする必要はないと考えられるし、少くとも木件の場合は、前記認定の事情からすると税法上借地権の譲渡と評価することになんら妨げないものといえる。

(三)  次に、<証拠省略>を総合すると、昭和三八年当時本件土地は借地権の対価収受の慣行が存在する地域内、すなわち借地権が経済的価値を有しその移転に伴ない対価が授受されるのが通例である地域内に存していたことが認められる。なお、鑑定人前田元の鑑定結果及び同人の証言中、昭和三八年前後の借地権の取引事例は皆無に近かつたから、広島市において右当時借地権の取引慣行の熟成度は低かつたとの部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。ちなみに、<証拠省略>によると借地権対価収受の慣行についてはこれを肯定する反面、特に権利金等借地権設定の対価を授受する慣行に限つてその存在を否定しているが、これは無償で設定された借地権であつても一定の経済的価値を有することを意味するものといえる。

(四)  そこで本件借地権の価格につき以下判断する。

(1) まず、<証拠省略>によれば、昭和三八年度分相続税評価基準に基づく本件土地の路線価は一坪当り金六三〇、〇〇〇円であり、右路線価は時価の七割に相当するものとして定められているので、右路線価から換算すると本件土地(六八・四一坪)の更地としての時価は、坪当り金九〇〇、〇〇〇円で、合計金六一、五六九、〇〇〇円となることが認められる。

(2) 次に本件借地権価額の更地価額に対する割合(借地権割合)は如何程であるかを検討する。

<証拠省略>によれば、次の事実が認められる。まず、同人は本件借地権割合を六〇パーセントと鑑定評価しているところ(以下佐々木鑑定という。)、同人は右鑑定をなすに当り、まず広島市内の本件土地と類似した地域における借地権取引事例及び底地取引事例を各四例ないし五例収集し、個々の取引事例につき個別の特殊事情に応じて一定の補正を施こしたうえ、借地権取引事例に比準した本件の借地権割合を六四パーセント、底地取引事例に比準した借地権割合を六五パーセントと各試算した。次に差額地代法、すなわち、新規に賃貸する場合に想定される賃料と現実の賃料との差額を借地権が享受する経済的利益とみて、残存借地期間に応じて借地権の収益価格を計算し、その更地価額に対する割合を計算する方法を用いて、現実の支払賃料額(年額二、四〇〇、〇〇〇円)を前提にいつたん三四・二パーセントと試算したが、右賃料額は一般の相場に比して著しく高額であるうえ、従来の不規則な賃料支払の状況に照らし、右賃料額をそのまま借地権割合算定の基準にするのは妥当でない旨指摘したうえ、同人において適正と判断した賃料額に置き換えて借地権割合を六二・九パーセントと試算した。その他相続財産評価基準による借地権割合(昭和三八年度七〇パーセント、昭和五〇年度六五パーセント)などをも一応参酌したうえで、本件では取引事例に比準した試算結果が精度も高く最も信頼すべきものであるとしてこれを基本にして、更に本件借地権の個別事情、殊に、地上建物が建築後一〇年しか経過していないこと、権利金、敷金、保証金等の授受がなく自然発生的に借地権の経済的価値が生じたものであることや、他方本件建物が耐火構造であるから一〇年の借地期間の約定は無効であつて借地法によつて借地期間は六〇年となり法定更新も見込まれることなどの事情を加味して本件借地権割合を最終的に六〇パーセントと判断したものである。以上の事実が認められる。

一方、鑑定人前田元の鑑定結果によれば、同鑑定人は本件借地権割合を、取引事例に比準した場合には三一パーセント、差額地代法によつた場合には二五パーセントと各試算したうえ、前者の試算結果を中心にして本件借地権割合を三〇パーセントと鑑定評価しているところ(以下前田鑑定という。)、<証拠省略>によると、同鑑定人が右鑑定評価をなすに当つて採用した取引事例は僅か一例のみであり、しかも当該取引事例地の位置、形状等について正確な把握を欠いていたことが認められる。

以上により佐々木鑑定と前田鑑定とを比較対照すると、両鑑定とも取引事例に比準する方法を基本にしている点では共通しているが、結果的に借地権割合の評価が著しく隔絶している。しかして、佐々木鑑定が多数の取引事例を収集、これを基礎にして綿密な試算を行なつているのに対し、前田鑑定が僅か一例の取引事例を採用しているに過ぎず、しかも当該事例地の状況調査も不十分であることからすると、借地権割合の認定に当つては佐々木鑑定に信を措くべきものといえる。なお、差額地代法を用いて現実の支払賃料を前提に借地権割合を試算した場合、前田鑑定は二五パーセント、佐々木鑑定は三四・二パーセントと比較的近似した数値になつており、かつこれらは、佐々木鑑定の結論(六〇パーセント)よりむしろ前田鑑定の結論(三〇パーセント)に近い数値であるが、そもそも両鑑定とも、本件の特殊な賃料の支払状況に鑑みて右の試算結果は規範性に乏しいものとして重視していないのであるから、右結果を強く考慮するのは相当でない。

次に、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、広島国税局長が本件更正処分に対する審査裁決に当り調査した借地権取引事例八例の借地権割合の平均値は五五・五パーセントであつたこと、また八例のうちには、借地権の譲受人が隣地の所有者であり、かつ取引事例地の面積が一〇坪以下で当該隣地に比して極めて僅少であるという特殊事情のある事例が四例含まれていたが、これを除いたその余の事例の平均値は五二・四パーセントであつたことが認められる。

その他、前記認定のとおり、柴田及び高橋は本件土地を東海銀行に賃貸し、その際保証金として金四五、〇〇〇、〇〇〇円の融資を受けたことが認められるところ、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、右無利息の融資によつて同人らが享受する経済的利益の額は、右賃貸借が三〇年間継続するとみて保証金も二六年目以降五年年賦で償還するとして計算すると(当時の所得税法施行規則七条の一〇第三項)、金三三、四七一、〇〇〇円となり、これは借地権設定の対価と認められるところ本件土地の更地価額金六一、五六九、〇〇〇円に対する割合は五四・三パーセントとなることが認められる。なお、<証拠省略>によれば、昭和四五年当時柴田らが本件土地を東海銀行に賃貸中、同銀行から本件土地の底地価額の鑑定を依頼された財団法人日本不動産研究所は、底地価額の更地価額に対する割合を四五パーセントと鑑定しており、従つて右鑑定結果によれば借地権割合は五五パーセントとなることが認められる。

以上説示の諸事情その他前掲各証拠上うかがわれる諸般の事情を総合勘案すると、本件借地権割合は少なくとも被告主張の五二.三パーセントを下廻ることはないものと認めることができる。

(3) そこで、右により本件借地権価額を算定すると、当時の本件土地の更地価額が金六一、五六九、〇〇〇円で借地権割合が五二・三パーセントであるから右価額は金三二、二〇〇、五八七円となる。

(五)  旧法人税法九条一項は、法人の各事業年度の所得につき、同所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額によると規定しているところ、右総益金とは資本の払込以外で資産増加を生ずるすべての経済的利益を含むものと解され、必ずしも売買その他の事業活動の成果として生ずる収益等の経済的利益のみならず、所有資産の時の経過値上がり等により生ずる資産価値の生成、増加の経済的利益(実質は評価益)も本来はすべて含むものといえる。

ただ、右評価益とみられるようなものは、かりに法人の資産として計上し又帳簿価額を変更するなどして評価益を計上しても、その利益が社内にとどまる限り未だ実現しないものとして課税対象(課税適状にあるもの)に含めないものとするのが相当なようにみられるが(昭和四〇年法律第三四号による改正後の法人税法は資産の評価換えで帳簿価額を増額してもその増額分を益金に算入しないことを明らかにしている)、少くとも、有償、無償にかかわらず右利益が社外に移動、流出した場合は、その時点で右利益も客観的に実現したものとして課税対象たる益金に含まれることとなるものと解さなければならない。右昭和四〇年法律第三四号による改正後の法人税法二二条二項は無償による資産の譲渡に係る収益も益金のうちに含まれるものとして右趣旨を明らかにしているが、この点は旧法人税法においても同様に解されるところである。

そこで、これを本件についてみるに、弁論の全趣旨に照らすと本件借地権は原告の資産としては未計上のものであつたことがうかがわれるが、前記認定のとおり原告において借地権の設定を受けて後、時の経過、経済的価値の変動等に伴い前記のごとく借地権価額相当の経済的利益を生成、増加せしめたもので、よつて資本の払込以外により原告の資産を増加せしめたものとみられるところ、原告は本件(清算中の)事業年度内において本件借地権を他に譲渡し、その価額相当の資産価値を社外に移動流出させることにより右経済的利益も客観的に実現せしめたものと認められるから、本件事業年度の所得計算に当つては、本件借地権価額相当の額を益金に計上すべきものといわなければならない。しかして、本件借地権の価額が金三二、二〇〇、五八七円を下廻らないものであることは前認定のとおりであるが、これに対し、原告が柴田らから収受した建物代金は金一六、〇〇〇、〇〇〇円でありこれを実質上全て本件借地権譲渡の対価とみなしてもなおその差額金一六、二〇〇、五八七円は益金として計上もれになるといわなければならない。

3  そうすると、被告が、原告の本件事業年度の法人税の確定申告に係る所得金額について、借地権価額相当の額のうち収益計上もれ分右金一六、二〇〇、五八七円を益金として加算すべきものとしてなした本件更正処分は適法なものといえる。

三  本件決定処分の適法性

前記のとおり、原告が、その取締役である柴田及び高橋に対し本件借地権を低額譲渡したことは、一面その適正な価額と譲渡価額との差額金相当の経済的利益を原告から右両名に贈与したものとみなしうるところ、原告は清算中の法人であり、また、右両名は原告の取締役でかつ<証拠省略>、弁論の全趣旨により明らかなとおり株主であることから、右贈与は残余財産の一部分配であると認めることができる。そうすると、旧法人税法二二条の三第一項に従い、右差額金一六、二〇〇、五八七円から原告の資本金二、二〇〇、〇〇〇円(資本金の額は当事者間に争いがない)を控除した残余金一四、〇〇〇、五八七円は清算所得金額とみなして課税すべきこととなるから、したがつてこれによりなした被告の本件決定処分は適法なものといえる。

四  以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平 田中澄夫 平湯真人)

別紙目録<省略>

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